談志絶倒 昭和落語家伝本ダウンロード

談志絶倒 昭和落語家伝

によって 立川談志

談志絶倒 昭和落語家伝本ダウンロード - 談志絶倒 昭和落語家伝をお探しですか? この本は著者が書いたものです。 この本には272ページページあります。 談志絶倒 昭和落語家伝は大和書房 (2007/9/19)によって公開されています。 この本は2007/9/19に発行されます。 談志絶倒 昭和落語家伝は簡単な手順でオンラインで読むことができます。 しかし、それをコンピュータに保存したい場合は、今すぐ談志絶倒 昭和落語家伝をダウンロードできます。
内容(「BOOK」データベースより) 八世桂文治に惚れ、人形町の寄席から高座を狙い、あげくは自宅に押しかけ、文治の素顔を、そして文楽、志ん生、三木助、小さん、馬生…と追いかけた二千枚の貴重なフィルム。この写真集では、当時の落語界の幹部、または理事といった野暮な呼称の“真打ち”を載せ、語った。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 立川/談志 落語家、落語立川流家元。一九三六(昭和11)年、東京に生まれる。本名、松岡克由。小学生のころから寄席に通い、落語に熱中する。十六歳で五代目柳家小さんに入門、前座名「小よし」、十八歳で二つ目となり「小ゑん」。二十七歳で真打ちに昇進し、「五代目立川談志」を襲名する。一九八三(昭和58)年、真打ち制度などをめぐって落語協会と対立し、脱会。落語立川流を創設し、家元となる 田島/謹之助 写真家。一九二五(大正14)年、東京に生まれる。子どものころから写真と寄席に夢中となり、戦後は日本の原風景を撮り続ける。二十代のとき、叔父と親しかった人形町末広の席亭に頼みこみ、一九五四(昭和29)年から一九五五(昭和30)年にかけて、人形町末広の高座と落語家の自宅を集中的に撮り続ける。その数は二千を超え、現在でもフィルムのほとんどが変質することなく残されている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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立川談志という人は自身天才的な噺家であると同時に優れた見巧者(みごうしゃ)であった。子供時分から寄席に通いつめ、名人たちの高座を見て育ってきた談志は辛辣だが愛情ある見巧者として成長した。この本に登場する噺家たちはちょうど彼が子供時分に寄席で見ていた人、または落語界に入ってから知り合い、薫陶を受けたような人ばかりである。その名人上手たちの写真とともに談志家元の解説、批評が付いた読み応えある一冊である。小粋な”野ざらしの柳好”こと3代目春風亭柳好、いかにもガンコ親爺という面構えの古今亭今輔、意外に表情豊かな8代目三笑亭可楽、凜として若々しい10代目金原亭馬生や柳家小さん、険しい顔で踊るのが面白い林家彦六、そして黒門町の文楽、志ん生、円生・・・・・これらの名人たちについて語る談志家元の筆致は時に鋭く、時にユーモラスで楽しく読める。登場する噺家の中には華開くことなく終わった人もいて、なぜ華開かなかったのか、談志独自の目線で詳しく分析されていて非常に興味深い。資料的価値も高い本であろう。

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